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2009.08.31 (Mon)

「メロディーフラッグ」 後編

多くは語りません、美月です。
前回更新の「メロディーフラッグ 前編」、続きの後編です。流石に前編を読まないと話がわからないと思いますので、そこのところはよろしくお願いします。
また、前回記事に書いてありますが、作中に登場する歌詞はBUMP OF CHICKEN様(LONGFELLOW・トイズファクトリー)の「メロディーフラッグ」から引用しております。著作権は著作者様に帰属しています。
詳しくは前回記事を参照なさってください。

それでは、後編をどうぞ。
追記からです。


【More・・・】





== メロディーフラッグ ~後編 ==




「……どうして? 何で、ユキがここに……」
 ああ、小説を読んでいて二回や三回は必ず目にするようなプロトタイプの台詞をありがとう、メグ。本日、入部して初めて練習を休んだCチームの実質的リーダーは、階段からそう離れていない低い雑草の中に、エナメルの鞄と共にぽつんと座っていた。誰も見ていないのに体育座りなのがまたメグらしい。俺は動揺を隠せない様子で俺のことを見上げているメグに肩をすくめてみせると、鞄を下ろし、隣に腰を下ろした。
「……どうしてじゃねーだろ」
 しばらく何と言ったものか悩んだが、やたら強がっているみたいな口調でメグのことを見ないままに、ただし顔だけはすがすがしく正面を見据えて、俺は言った。どうして素直に「お前のことが気になったから」って言えないのかね、俺は。格好付けもいい加減にしろ、と思う。
「それにしたってメグ、よくこんなところ知ってるな……何? よく来てる訳?」
「え? ああ、うん……たまに」
 尋ねると、メグはばつが悪そうな顔をして視線を草の中に落としてしまう。何ていうか、それどころじゃない感じだな。俺がどうしてここに来たのか、気になって仕方ないんだろう。
「いつ頃から?」
「え?」
「いつ頃から、ここに来るようになったんだ」
「え……と、夏休みの少し前かな……まだ六月だったかも。たまたま、見つけて」
「で、今日も、か」
「うん……」
 まだ口調や言葉数に多少緊張は残っているものの、やっとそれなりの会話が成り立つようになってきたところで、俺は本題に入ることにした。
「手」
「え?」
「見せてみ」
 言って右手を差し出す。メグの表情が一瞬で、俺がここに来た時のように強張るのがわかった。やっぱり、と俺は心の中でため息をつく。メグはなかなか、俺の手に自分の手を乗せようとはしない。
「だから、見せろって」
「えっ、あっ」
 強攻手段、俺はメグの右手首を引っつかんだ。メグは慌てたような顔をして腕に力を込める。何とか俺の目前に持っていかれないように試みたらしいが、今更無駄だ。俺はあっさりとメグの右手を捕獲した。
 俺のよりもほんの少し大きく、また悔しいことに指の一本一本が長い、綺麗な手。
「……やっぱな」
 その内、人差し指と中指の付け根の部分が――まるでそこだけマジックで塗りつぶしたみたいに、既に人間の色ではない紫色に、どす黒く変色していた。
 俺が左手の指で軽くその部分を押すと、メグが微かにその表情を歪めるのがわかる。多分、痛むんだろう。
 要するに、
「突き指か」
 思わず目を背けたくなるようなそこに目を落としたまま俺がため息をつくと、メグは観念したのか腕にかけ続けていた力をようやくのこと抜いた。目を伏せて所在なさげにしている姿は、いつものしっかり者で行動力も人以上の気が利くメグとはとてもじゃないが結びつかない。
「今日のバスケの時間か?」
 口調が強くならないように気をつけて聞いてやると、メグはうつむいたまま小さくうなずく。
「うん……本当は、この前の授業でも少し、やってたんだけど……そこを、今日も」
「テーピングしなかったのか」
「軽かったから……」
「で、結局今、この有様と。……痛むんだろ、結構」
「……」
 その沈黙、肯定と受け取っていいんだろうな、メグよ。
「……阿呆。待ってろ」
 俺は短く告げるとメグの右手を解放し、少し離れた場所に置いていた鞄を引き寄せて、中から鋏とテーピング用のテープを取り出した。それでなくても突き指の怪我が多いバレー部、部員の七つ道具その一、である。もちろん七つもないし全員が常時持ち歩いている訳でもないが、そんなことは今はどうでもいい。
 俺は適当な長さにテープを鋏で切ると、メグの右手を再び掴んで変色している部分に指が動かないように貼り付けた。メグがぼけっとしている間に、手早く次。なに、テーピングに関してならあの怖い鬼監督の顧問にもお墨付きをもらっているからな。
 テープを貼るごとに、メグが顔をしかめるのがわかる。
 その程度でも痛むということは、やっぱり前回の授業の時に痛めたのを放っておいたのが一番の原因だろう。軽かったから何もしなかったって。何やってるんだかね。
「……我慢しろ。あと少しだから」
「うん……ごめん」
 程なく、テーピングによる指の固定は完了した。
「はい、これでとりあえず応急処置は終わりな。家に帰ったら、ちゃんと湿布貼れよ。じゃないと、いつまで経っても治らないぞ」
「……ありがとう」
 ありがとうっていうよりは申し訳なさそうな顔だな。まぁいい。俺が五百段も階段を上ってきてお前に言いたいのは、そういうことじゃない。
「歌」
「え?」
 唐突としか表現しようがないタイミングで何の脈絡もない単語を言われ、メグがきょとんとした顔を作る。阿呆、お前が聞いたんだろうが。素直に答えてやってんのにそんな間抜けな疑問符を返すなよ。
「さっき、どうしてここに来たんだって、お前聞いただろ? ……歌だよ。歌が聞こえた」
 もちろん、それがメグの歌声だとわかった訳ではないが――
「お前を探しててな。それで、歌が聞こえたから……何か、メグがいるような気がしたんだよ」
「……」
 メグは何も言わないでうつむいたままだった。多分、俺がこれから言わんとしていることがわかるんだろう。俺はその望み、というか予想通りに、メグにこう言ってやる。
「お前。何が理由で部活休んだんだ」
 案の定、俺がそう尋ねるとメグはやっぱりという顔をした。メグは思っていることが顔に出やすい。わかりやすいという意味ではムツもそうだが、奴の場合は何も隠そうとしていない故の、考えも感情も丸出しだからこそのわかりやすさだ。それと比べると、メグは多分自分ではポーカーフェイスでいるつもりなんだろう。でも残念だな、何を考えているのかすぐわかる。いちいち尋ねるのが面倒くさくなるくらいだ。
「突き指か、やっぱり」
「……うん」
「だよな。その手じゃ――ちょっと、バレーするにはきついもんな」
 メグは補助アタッカー。セッターであるムツほどではないにしろ、指の怪我がダイレクトに響くポジションである。一応はエースアタッカーである俺が、アタックを打つ度にいちいち顔をしかめるのと同じくらいには痛むだろう。何せ結構な勢いでトスされたボールに思い切り手を打ち付けるんだから、あるいは当然とも言える。
「じゃあそれはいいよ。問題は次――」
 もしくは、問題の――核心。

「お前、何で部活休む理由が突き指なの、言わなかった訳?」

 九月の半ば。夏の全国大会も終わって、過酷且つ熾烈を極めた練習が一旦は落ち着く時期、どうしても我慢できないような痛みなら休むことができる今日この頃だ。
 それなのに何故、休む理由を正直に言わない?
 用事があるなんて、ばれたら即刻サボリだと思われるだろう嘘をつく?
「言えばよかっただろ? 別に、誰もお前のことなんて責めたりしないと思うけどな」
 俺はメグの目を見た。メグは俺を見つめ返して、すぐに逸らす。気持ちはわかるさ。俺も人の目を見るのは正直好きじゃないし得意じゃない。
 それはごく単純な理由で、相手の内面を見透かしているような、相手に内面を見透かされているような気分になるから。
 まるで、自分そのものを見ているような、そんな気分になるから。
 それでも俺はメグと目を合わせようとしたし、メグは俺に目を合わされることを拒んだ。
「……何もなかったかの様に 世界は昨日を消してく
 作り笑いで見送った 夢も希望もすり減らした……」
 その口から零れたのは、俺もよく知っているある曲のワンフレーズだった。とても小さな声。それが震えながら、歌詞を刻む。
「……僕はさ。本当は、汚い奴なんだよ」
 そして、何を言い出すかと思えばそんなことを、メグは口にした。
「いつも、みんなのためって言って色々やってるけど……言われたことは率先してやって、みんながこうして欲しいって思ってることはその通りにして。少しでも役に立てるように、少しでもみんなのためにあれるように――前、ユキに話したよね。それが、僕の生きがいなんだって。生きる意味なんだって」
「……ああ。言われたっけな。確か」
 それはまだ、俺達が練習チームのチームメイトになる前のことだ。俺をバレー部に引っ張ってきたメグが先輩達の間をまるでパシリの如く走り回っていたのを見て、その理由を尋ねた俺に、メグが凛とした笑顔で返した答え。
 誰かのために、みんなのために、か。
「みんなの喜んでる顔を見るのが好きで。誰かが心配事一つなく一生懸命に打ち込めるのが好きで。そういう風にしたいから、僕は頑張ってるんだって、言ったけど――」
 メグが、目を閉じた。
 眼鏡の向こうの目が、そこに何かを映すことを拒否する。

「嘘なんだよ。あれ」

「……」
「本音ではあるよ。僕はみんなの喜んでる顔が好きで、その笑顔のために頑張るのが好きだ。でも……本当は、みんなのためなんかじゃない。最終的に、自分のため、なんだよ」
 自分のため。
 誰のためでなく。
「僕はね――ユキ。怖いんだ。みんなに嫌われるのが。みんなに忘れられるのが。……みんなが僕のそばから離れていくのが。みんなに笑顔でいて欲しいっていう僕の本心は、裏を返せばみんなに嫌われたくない、嫌な顔をされたくないっていう……そういう思いなんだ。つまるところ」
「……」
「それが僕の本質。言い換えれば『みんなの笑顔が見たいから』って、絵に描いたみたいに綺麗だけど……でも、それは表向き。中を見れば、汚いもんだよ。自分のことしか考えていない。自分の――ためなんだ。僕がみんなのためって大義名分でやってることは、本当はみんなのことを思っての行動じゃ、ないんだよ」
 誰も本当の僕を知らない。
 僕は汚い。
 汚い、汚い、汚い。
 メグはぶつぶつと、まるで呪いの呪文でも唱えるみたいに、繰り返した。
「よく、ムツもミキも、それにユキも、僕のことを『気が利く奴だ』とか『人当たりがいい』とか言ってくれるけど……みんなが思ってるほど、僕はいい人なんかじゃない」
 僕は君にとって最高の友でありますか?
 僕は君にとって頼れる親友でありますか?
「みんなに嫌われるのが怖くて、不快な顔をされるのが怖くて。そんなことがないように、ご機嫌取るみたいに走り回って。傷つけたくない、嫌な思いをさせたくない、喜ぶ顔が見たいからっていう綺麗な理由ばっかり振りかざして――その向こうに、汚い本心が見え隠れしてる。……ユキがよく、『もっと強く要求していいしやめたければやめていい』って言うけど、そんなことできないんだよ。強く要求しないのは衝突したくないから、やめたくてもやめたいのは波風立たせないため」
 衝突したり、波風立たせたりしたら――きっと僕に、居場所はない。
 きっと僕は、どこへもいけない。
 どこへもいけない。
「自分の立場を守るために……ずるいよね。笑っていいよ。でも、それが僕の本質。周りを信頼している振りをして、本当はちっとも信じてなんかいない。ムツもミキも、ユキも、みんな僕によくしてくれるけど――結局、そんなの信じていないんだ、僕は」
「……メグ」
「こんなに、よくしてもらってるのに」
 でも。
 メグは言う。

「明日のことなんか、わからないじゃないか」

「……」

「今日、みんなが仲良くしてくれたところで……明日もそうだとは限らない」

「……」

「僕が何か一つでもまずいことをして、それでみんなが離れていかない確証なんて――どこにもない」

「何もなかったかのように、世界は昨日を消してく」。
 さっきメグが口ずさんだ歌詞の意味を、俺はようやくのこと、何となくでこそあれど、わかろうとしていた。
「だから……みんなが笑顔でいてくれると、とりあえず、安心できるんだ。僕はそのために、色んなことをやってる。みんなのためじゃなくて――自分のために」
 綺麗な旗を振りかざして、大義名分。
 本当はみんなのためなんて嘘で。
「だから、もしこんな、突き指程度で……しかも、部活中じゃなくて授業中に不注意で負った怪我なんかで休んだら、みんな迷惑だって思うんじゃないかって。だから……そんな理由で休むなんて、言えなかった。それで嫌われたりしたら、嫌だから」
「……」
「不安なんだ。みんなに迷惑かけちゃうんじゃないか、嫌な思いをさせてしまうんじゃないかって。部活内で上手くやっていけてる自信もない。……だから一生懸命になっちゃって、よく暴走しちゃって。勝手に突っ走って――」
 メグはそこで一旦言葉を切ると、しばらく黙った後で、ぎこちなく歌を紡ぎ出す。
「どのくらい遠く離れたの? いつから独りに慣れたの?」。
 やっと聞き取れるくらいで歌詞を繋ぐ小さな声は、小刻みに震えていて。
「そんな自分が嫌でさ。たまに部活が休みの時に、ここに来るんだよ。ここなら……一人になれるから。あるいは、『独りに』かな」
 声だけじゃわからないけど。
 メグはそう言ったが、俺にはメグの思っているだろう通りに聞こえた。
「みんなといると、やたら楽しくて、やたら不安になっちゃうからね。ここに来て頭を冷やすんだ……独りで、一人に向き合う。それで、こうやって歌でも歌ってないとどうしようもないくらい、自分が壊れそうで。嫌になって。自分のために媚び売ってるみたいな、自分が、僕は嫌だ。僕は――汚い」
「……」
「……こんな話。ごめんね。本当に……ごめんね」

「……とりあえずさぁ、」
 メグがうつむいてから、俺の主観においてかなりの時間が経った後で、俺はメグに負担を感じさせないよう努めて明るい口調で言った。
「妙な責任感は、持たなくてオッケー」
「……?」
 謝ったきり何も言わなくなってしまったメグが、顔を上げて俺のことをよくわからないというように見てくる。俺はそんなメグを一度だけ見やってから、眼下に広がる住宅地とその上の薄い空に視線を移した。
「なんか、そこまで自分のこと追い込むなよ。時々思うけどさ、メグ、責任感強すぎじゃね? みんなのためとか、本当は自分のためでみんなのことを裏切ってるとか。誰もそんなこと気にしてねぇよ」
「……」
「俺達のためとか、自分のためとか、そんなの関係ないだろ。理由はどうであれメグが色々やってくれて、ありがたいって思うから、俺達はメグにありがとうって言う訳。メグのこと、気が利くとか、人当たりがいいとか言う訳」
「……」
「部活のこともそうだ。別に、突き指で痛くてプレーできません、で休んだって、さっきも言ったけど気にしないって。そりゃ、メグみたいに色々やってくれる奴がいなくなったら活動で困ることはあるかもしれないけど……そのくらいメグがいなくてもそれなりに何とかできるし。そんなことで迷惑だとか思ったりしねぇよ。あと――他のことについてもな」
 俺はもう一度、メグの目を見た。
 今度はメグも、目をそらさないでいてくれる。
「メグが嫌われんじゃないかって不安に思うのは勝手だけど……それで不安だからって媚び売るみたいに改まってきっちりやられても、正直困る。厚かましすぎるのもよくないけど、丁寧にやられるのも逆に付き合いづらいよ。別にそんなことしなくても、俺達メグのこと嫌いにとか、多分ならないし、なれないし。だから、そんなこと心配しなくてもいいからさ……責任感とか誰のためとか自分が汚いとか、そういうことはいいから、もうちょっとフレンドリーになってもいいんじゃね? 生き方、変えてみろって」
「……ユキ」
「力抜けよ。メグは左脳は強そうだからさ……適当に、力抜いてやるくらいで丁度いいのかも、しれないぜ」
 言い切って。
 似合わずちょっとだけ悟ったような、しかも格好つけたみたいな台詞を縷々と吐いて少し恥ずかしくなった俺は、立ち上がってメグのことを見ないままに歌った。

「そこで涙をこぼしても 誰も気付かない 何も変わらない
 少しでも そばに来れるかい? すぐに手を掴んでやる
 風に揺れる旗の様な あのメロディーを思い出して
 遠い約束の歌 深く刺した旗……」

「……」

「もうちょっと……自己暗示、解けよ。迷惑かもとか、嫌われるかもとかさ」

「……」

「不安なら、頼っていいんだから」

「……ありがとう」
 やがてメグは、小さな声で少しだけ恥ずかしそうにそう言った。振り返ると、体育座りのまま膝を抱えて、足元とも俺とも取れないところを見ている。
「だーから。別に、改まんなくていいって言ったろ?」
 ほんの少しいらついたいらついたような口調で苦笑交じりに言ってやった。
「感謝辞令とかいらないから。あと、時々出てくるけど敬語もナシな?」
「うん……」
 メグの返事はまだどことなく自信なさげだったが。
 でも、きっと平気だと、俺は何となく、はにかむという形容がぴったりくるその微笑みを見て、思った。

 * * *

 あれから。
 実に、今日で四年が経つ。
「……感慨深いねぇ……四百九十三、四百九十四」
 五百段の階段を汗水垂らして上りながら、呟く。
 結局その後、実質「部活をサボった」俺達二人は、階段の上の丘で特に意味のない話をした。
 バレー部の活動のこととか。
 クラスの連中のこととか。
 先輩達への文句とか。
 夢の話とか。
「レギュラーに、ね」
 メグは、夢の話になった時点で、そう俺に語った。
「なりたいね。うん。全国のコートでプレーしたい」
「阿呆。だったらお前、何で今年のレギュラー蹴ったんだよ? あそこで『ハイ』って言ってれば行けたのに……今更?」
「違う違う! ……僕だけじゃなくて、ムツとミキとユキと、みんなで。レギュラー断わったあの時も言ったけど、僕、Cチームの中で一人だけ全国行くのは嫌だったんだよ。僕は全国のコートでプレーしたいけど、同時に、みんなも一緒じゃなきゃ嫌なんだ」
「……」
「我儘でしょ」
「まーな……何ていうか、努力次第ですぐにでも叶えられそうな夢だな」
「小さい?」
「いや。メグらしい」
「そっか」
「うん」
 結局それから約一年後、すなわち中二の時に俺は公立中学へ転校してしまったので、Cチームで全国大会に行くというその夢は結局叶えられなかった訳だが……
 そんな未来なんて想像していなかった俺達は、あの日の一番最後、暗い中階段を下りながらこんな約束をした。

 必ず、毎年、今日。
 ここに来よう。
 そして二人で色々話そう。

「で……ここまで言ったら、わかってくれますよね。五百一」
 何を隠そう、今日が――その、一年に一回の日である。
 もちろん、その今日という日は去年も一昨年も三年前もあった訳だが、俺が転校してしまったこともあり、三年前に一回だけ約束を果たして以来ここには来ていない。一昨年は俺が高校受験、去年は有耶無耶になってしまって。
 だから、今年こそは。
「五百十一、五百十二、五百十三……」
 本日平日、学校帰り。よって高校の制服そのままで、教科書と図書館で借りた文庫本(当然ラノベ)を詰めたエナメルを肩から下げて、の登山なのだが、いやはや、暑い。
「五百十八。五百十九……五百二十、五百二十一!」
 林による影は丁度頭上で終わって代わりに久々になる太陽の光が俺の目を刺し、辺りに遮るものがない開けたところ特有の風が俺の髪を揺らす。
 上りきった先の、意外な開けた場所。
「……やぁ、ユキ」
 そこで、ここに来るべき友人は。
 新しく連絡も取っていないのに、ただ四年前の約束だけを守って――
 先客として、俺を待っていた。

「……よ。久しぶり」
 軽く手を上げて、制服姿のメグの隣に腰を下ろす。
「夏休みの始めに会って以来だから……二ヶ月近くになるのか。早いな」
「そうだね」
 ただし――四年前のメグとはかけ離れて見える、その容姿。
 ポニーテールが似合っていた髪が、肩ほどでばっさりと切られて。
 眼鏡のレンズ越しに見えていた目が、コンタクトに。
 エセ優等生面に俺より頭一つ分高いくらいの背と、私立男子校の制服だけが変わっていない。
「……そんなに変かな?」
「いや。変ってんじゃないけどな……違和感あるだけ」
 言うと、メグはそっか、と言って目の前の風景に視線を投げた。
 風が吹く。
「あれから、四年」
「うん」
「全国には、結局Cチームでは一回も行けてないなぁ」
 今年バレー部で高二生から一人だけ全国大会へ行ったメグは、そう言って苦笑する。俺は肩をすくめることしかできない。何せ転校しちゃったからなぁ。
「ごめん」
「ユキのせいじゃないでしょ。謝らないでよ」
 メグが言って笑う。でも、すぐにその声は止んだ。答えは簡単だ、ワンワードで済む。
 メグが、口をつぐんだからだ。
 何とも言い難い、表情で。
「……あのさ、ユキ」
 話が核心部分に触れる。
「四年前のことだけど――ユキ、言ったよね。『妙な責任感は持たなくてオッケー』って。『生き方変えてみろ』って。……『自己暗示解け』って。あれなんだけど」
「……ああ。何?」

「無理だ」

 あっさりと。
 四年前、自分がうなずいた事象を、否定する。
「ユキに言われたこと、やってみて思ったんだ。『妙な責任感は持たない』。それって、責任感じちゃいけないって責任負ってるんじゃないの? 『生き方変えてみろ』。変えろって言われた生き方はとうに見失ってる。『自己暗示解け』。それも、自己暗示解けっていう――自己暗示」
「……」
「上手くいかないんだ。ユキに、やってみろって簡単そうに言われたことが、僕には」
 ため息が風に零れた。
 それは、メグの本音が汚した、酸素と二酸化炭素と窒素の化合物。
「そんな風にごちゃごちゃ考えていることすら、多分ユキにはわずらわしいんだろうね。でも……考えちゃうんだよ、どうしても。やめろって言われても、思い悩むことだけは、どうしても、やめられない」
「……やめられない」
「そう。やめられないんだ」
 四年ぶりに、メグに会った気がする。
「だから……否定しないで。って思った。そうやって、僕のことを否定しないで欲しかった。どんなに不器用でも。どんなにわずらわしくても。ユキから見てどんなにもどかしくても、馬鹿に見えても、阿呆臭くても――否定しないで欲しい」
「否定……」
「ごちゃごちゃ考えて。どうでもいいようなことで悩んで。馬鹿みたいなことで逃げ出して。しょうもないことで弱音吐いて。……自分で嫌になるくらい頭も硬くて、生きているのをやめたくなるくらい不器用な奴で、周りに迷惑をかけて不快にすることしかできない、本当に、どうしようもない僕だけど、」
 はっきりと言い切るメグが、俺の目を見ている。

「それが、僕なんだ」

「……旗、掴んだじゃん」
 これ以上はないほどにしっかりと自己主張するメグに少しだけ驚いてから、俺はそう笑ってやった。旗? とメグが首をかしげる。
「そう、旗。自分自身のための目印」
「……そうかな?」
「そうだよ。……別に、そこまではっきり示せるものがあるなら、どんなにもどかしかろうと馬鹿に見えようと阿呆臭かろうと、俺が文句言えることじゃないだろ」
「……そっか」
「ああ」
「……そうなんだ」
 それからメグは、また、遠いどこかに視線を向ける。
 眼鏡とコンタクト、四年前とは違う風に見えているんだろうか、と馬鹿みたいなことを考えた。
「まだ、自信ないけどね。でもそれなりには頑張ってるつもり」
 言うメグの表情は、ほんの少し生き生きして見える。
「イメチェンしたのだって、決してレギュラーになったからバレーしやすいように、だけじゃないんだよ? まぁ、それこそ間抜けだけど……決意、かな。あるいは昔の自分との決別」
 言い切って、メグはそばの草むらに置いていた自分のエナメルから、何かを取り出した。見慣れたケースに入っているそれは、メグの手の中に収まるとまさにそれだと鮮やかに思い出せる、昔メグがかけていた――フレームの細い眼鏡。
 四年前のメグの一部。
「……決別か。それはそれで、寂しい気もするけどな」
「そんなこと言わないでよ。折角一大決心したのに、後ろ髪引かれるじゃないか」
「ちょっとくらいいいだろって」
 言って俺はメグの手から眼鏡を奪うと。
 四年前、強攻突破と言わんばかりにメグの右手を掴んだとの同じように、あくまで自分の都合で、ほとんど無理矢理に、その眼鏡をメグにかけた。
 俺が見慣れた、メグの顔。
 髪が短いのだけ、変だ。
「……似合わない、だろ?」
 コンタクトの目にその刺激は強すぎるのか、そっと目を閉じて、メグが言う。
 それはどっちのことなんだろうか。
 今の姿か、それとも、昔の姿なのか。
 どちらにしたところで、俺が返すべき言葉は一つだった。
「……かもな」

 秋が近いんだな、と、高いところに吹く特有の風に髪を弄ばれて、橙色と空色が融合した薄い空を見上げながら思った。
「響く鐘の音の様な ホラ
 風に揺れる旗の様な
 あのメロディーはなんだっけ 思い出して……」
 隣から、目を閉じたメグの、歌声が聞こえる。
 人は誰しも迷いながら、自分ただ一人だけを信じて、その一瞬一瞬の指標を楔として道に残していく。
 それはきっと旗みたいな形をしているんじゃないかと、似合わず詩人的なことを考えてみて、その歌声に目を閉じた。別に風が目に痛かった訳じゃない。ついでに、柄でもなく感傷に浸ってしまった訳でもない。
 ただ。
 すぐ近くから聞こえる、歌の旗に――耳を傾けたかった。
 響く鐘の音のような。
 風に揺れる旗のような。
 そんな旗を、俺達二人は、確かに四年前――ここに、突き刺したんだ。

「……メグ、声低くなったな」
「ユキは、そうでもないね」
「ほっとけ」

 そして今日もまた。
 四年ぶりに、新しい旗を刺すために。

 俺達は二人そろって、口を開く。


[後編 了]
[メロディーフラッグ 了]
[読了感謝]
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