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2009.08.30 (Sun)

「メロディーフラッグ」 前編

前回かなり急に小説廃人っぷりを露見しました美月です。
今回も前回に負けず劣らず小説廃人っぷりをお見せしようかと……
何か、最近マイブームなのかな? 小説廃人という単語。気がつくと言ってしまう←

はい、小説です。十月の終わり辺りに出す部誌用に書き下ろした作品なのですが、規定の分量を超えてしまったので没に……という代物。よって、ストーリー的に手を抜いた所は一切ござらん! 楽しんでいただけたらコレ幸い。

題名にもあるのでわかる方はもうお分かりかと思いますが、作中BUMP OF CHICKENさまの「メロディーフラッグ」という曲の歌詞を引用しております。作中歌詞は美月の著作物ではありません。著作権はBUMP OF CHICKENのメンバー様と作詞・作曲者の藤原基央氏、所属事務所のLONGFELLOW様、またレコード会社・トイズファクトリー様に帰属します。

よって、以下引用情報を明記し著作者様関連のページをリンクしておきます。(敬称略)
***
メロディーフラッグ/作詞作曲・藤原基央/演奏・BUMP OF CHICKEN(所属・LONGFELLOW)
アルバム「jupiter(2002年2月20日リリース・トイズファクトリーより)」収録、七曲目

BUMP OF CHICKEN official web site…http://www.bumpofchicken.com/
TOY'S FACTORY…http://www.toysfactory.co.jp/index.html
HIP LAND GROUP(有限会社LONGFELLOW設立元)…http://www.hlg.co.jp/index.html
***

ご意見ご感想ご批評、なんでもかまいません、お待ちしております。
後編は翌日の更新予定です。

では、コメントのお返事を。

>とりふぁー様
なんと! いつも一件は大抵本館のカウンターが回っていると思ったら、とりふぁー様でしたか! ありがとうございます。放置しっぱなしで申し訳ありません(汗)
惚気なしの夏になってしまいましたが、まあ、ご容赦いただきたいと……orz

バイクに限らず、メンテナンスって結構費用かかりますよね。父はバイクも車も年代モノですので、毎回修理にかけている費用を見ては「新車が買えるよなぁ」などとこぼしております(笑)
ですが、それだけの費用をかけられるだけの価値のあるものをお持ちと思えば、原付一台と比べずとも……!
うらやましい限りです。


それではそれではそれではっ、第一位の発表……じゃなくて……(BOCの「O・TO・GA・MEはーと」のネタ)(わかる方いらっしゃいますか?)
本編の小説です。追記からどうぞ!



【More・・・】




 昔話をしよう。
 今回は多くを語らずに、本当に、必要最小限のことだけを語ろうと思う。というのも、俺はこの話について皆目麗しい情景描写や心理描写、やたら耳障り目障りのいい美辞麗句を連ねて多くを語りたくないのだ。もちろん、そうした方が読む側にしては目に美しく読んで心に染み、分量によっては大した読み応えさえ得られるだろう。が、この昔話の体験者である俺は、そんなことのためにこの話をごちゃごちゃとうるさく飾り立てたくないんである。
 表面だけをなぞったような飾った言葉は――
 この物語を、嘘臭くしてしまうだろうから。
 俺が持つ過去話の内の一つであるこれは――
 他に紛うことなき、真実だから。
 下手に飾れば嘘臭く感じてしまうほどに――
 嘘みたいに、綺麗な話だと、思うから。
 ……。
 だから、長い前置きも当然いらない。必要なのは秋風と五百段を超える階段、いつ聞いたか思い出せそうで思い出せないあのメロディーで充分だ。
 それでよければ、始めよう。



== メロディーフラッグ ~前編 ==



「……暑ぃ」
 時は体育祭も終わった九月の半ば、時刻は夕方過ぎ。日差しは橙色になりかけ、蒸し暑い夏風から涼しさとセンチな気分を感じさせるように切り替わった秋風が吹く中。
 なのにそんな文句の一つも呟いてしまうのは、これは今日に限っては俺の自業自得というものだった。
「……因果応報とも言う」
 ぼそりと呟いて、俺はワイシャツの袖で額の汗を拭い、上を見上げた。天まで届くんじゃないかと思うくらいに高く続いているのは、まだ上り始めて五分に満たないまっすぐな急階段だ。
「…………高ぇ……」
 恐らく、まだ百段くらいしか上っていない。両脇に鬱蒼と木が生い茂っている階段の先を思いやって、俺は正直うんざりした。何でこんなところ、高校二年生になってまで上らなきゃいけないんだろうね。
 と、文句を言ってみたところで上らざるを得まい。
 俺は、丁度四年前、俺が中学一年生だった時の今日を思い出す――

 * * *

「だりぃ!」
 五時間目の体育の授業とやたら長引いたホームルーム、面倒くさい掃除を終えて放課後、所属しているバレー部の部室に向かいながら、部活の同輩・野瀬睦――通称・ムツが悲鳴を上げた。
「だるい! だるいぞ! 部活とかサボリてぇ!」
 勝手にサボってろ。体育の授業中、バスケットボールで熱った身体を下敷きで扇ぎながら、俺は隣を歩くムツにそう突っ込みを入れてやった。俺はお前の一人や二人(二人いないけど。いても怖いし)が部活をサボったところで何も困らん。
 小学校のウン年生から塾通いを続け、中学受験を経てやっとの思いで入学した、とある私立の男子校。
 中学一年生、それから半年近くが経った九月ともなれば、勉強も部活も中だるみしてくるというのはまぁ、わからなくもないし。
「わかる割にはそうやって冷たいこと言うのなー、ユキは。もういいよ、ユキ嬢なんか嫌いだーっ」
 面食い女子が刹那も置かずに飛びつきそうなイケメン面を持つ、それこそホストクラブに勤めさせたらコアな指名客が十人単位でつきそうなクラスメイトは、俺のことをじとっとした目で見た後、口を尖らせてからそう廊下の向こうに叫んだ。お前がサボりたいと言うからサボれと言ってるんだろうが。お前は俺に何を望んでいるんだ。
「ユキ、そりゃあ駄目だよ」
 ムツを無言で睨んだところで、背後から降ってくる、苦笑交じりのいかにも優等生的な声。
「ムツはね、構って欲しいのさ。だるいし嫌になってるのは事実だけど、だからって部活を本気でサボりたい訳じゃないよ。ここはね、ユキ、『サボるな馬鹿』っていうのが正解」
 振り返れば更に納得させられる、眼鏡にポニーテールが似合う長身の優等生面。
 同じくクラスメイト兼部活の同輩――浜野恵、通称・メグ。
「ざっけんな!」
 と乱暴な口調ながらも、しかし笑顔でムツがそうメグに言い返した。
「マジでだるいんじゃいこっちは! 第一前から思ってたけど何なんだ、うちのクラスの時間割は! 金曜日の五時間目が体育ぅ? しかもカリキュラムも問題だろ! 何で体育館がくそ暑いこの時期にバスケなんかやらなきゃいかんのだ! バスケってば冬のスポーツなんじゃないのかよ! うがー!」
 それは同感だ。休みなく動かしていた下敷きをちらと眺めて、俺は一人うなずいた。本当、ムツの言う通り金曜日の五時間目、最終コマでの体育は勘弁して欲しいね。一週間の最終日、疲れきっているところを極めつけの体育というのは身体がおかしくなる。ま、体育じゃないところで放課後に部活が待っているんだからどうせおかしくなるんだけど。
 でも、ならせめてバスケじゃない種目にして欲しいところだ。
 部活柄よく知ってるけど、夏の体育館は暑いんだよ。しかも運動量の多いバスケ。余計に疲れる。
「だからもー、やる気なくてマジでサボりたいのにさぁ~……あー……でも、うん。メグ、当たり。やる気の出る一言でも言ってくれよってんだよ……もぉ……」
 言ってムツは、がっくりと肩を落とす。そんなムツを見てから、メグは俺に「言った通りでしょ?」と言うように視線を送って肩をすくめた。俺も肩をすくめ返す。やれやれ、ムツはわかりやすくてドンマイだな。
「じゃあ、さっさと部活行くぞ。しゃきっとしやがれ」
 ぱんぱん、とムツの肩を軽くはたきながら、俺はため息混じりに言ってやった。こいつのお守りは何だかんだでいつも俺だ。
「来年、全国大会行くレギュラーになりたいんだろ? だったら今からみっちりやっとけ。ほら、しゃき」
「……しゃき……」
 励ますように茶化した口調で言ってやると、相変わらずのよどんだ声でそう言いながらもムツは顔を上げる。よし、その意気だ。俺はもう一度ムツの肩を叩いてから、部室に向かおうとメグを振り返った。
「行こうぜ、メグ」
「あ……」
 するとメグは、ほんの少しだけ困ったような顔をした。どことなく視線を彷徨わせて、なんだか焦っているかのような態度。何事かと小首をかしげる俺の目前でしばらく視線のやり場に困った後、メグは手を後ろに回して申し訳なさそうに言う。
「ごめん、えっと……今日は、ちょっと、用事があって、」
「あ……そうだっけ?」
 別に毎日メグの予定を把握している訳じゃないが、それにしたってそんな話は初めて聞いた。というか、部活を休んだことなんて俺の記憶が正しければ未だ一度もないメグがそんなことを言い出すとは甚だ意外である。俺はまじまじとメグの顔を見た。何か外せない用事なんだろうか。
「えっと、その……急用なんだ。だから、今日、部活行けないや……」
 そんな俺の視線をどう思ったかは知らない。ただ、メグは更に申し訳なさそうな顔をして視線を足元に落とした。
「ごめん、先輩達に謝っておいて。練習、参加できなくてごめんね……外せたら外したんだけどどうしても今日じゃなきゃいけない用事で、」
「うん」
「ごめん」
「……うん」
 ごめんごめんって何回謝るつもりだ、お前は。
 そんな俺の心の中での突っ込みはさておき、メグは言って頭を下げると、じゃあ先輩達によろしく、言い残して来た道をぱたぱたと早足で引き返し行ってしまった。しばらく足音が響いた後、やがてそれも聞こえなくなる。
「へぇ、メグの奴、部活休むなんて珍しいじゃん」
 いつの間にか背筋もしゃきっと復活していたムツが、俺の後ろからメグを不思議そうに見送りながら言った。
「しゃあねぇ、じゃあ今日は適当に練習して終わらすか……よっぽど外せない用事なんだろうな、メグ。あるいは、」
 言ってムツは、にやりと笑う。
「サボりかな。今日もバスケ、派手に飛ばしてたし……俺の方もムキになってボールぶん投げたりとかしたしなー、ははっ。案外指の一本でも突き指してたりして」
「……まさかだろ」
「とは、思うけどさぁ。でも、」
 もうメグの姿も見えなくなってしまった廊下の遠くに目をやって、ムツはさながらメグのように肩をすくめた。
「あいつも疲れてんじゃねーの?」

 * * *

「えっ、メグ、休みなの?」
 ムツと二人で向かった部室では、ムツ・メグ・俺の練習Cチームのチームメイトで同輩・マネージャーの服部実紀――通称・ミキが、男子にしては大きくてぱっちりとした二重の目をくりくりさせて驚いた声を上げた。
「すげー、珍しいっ。天変地異の前触れだよ、それは」
 ジャージに着替える俺とムツの間でワイシャツを脱ぎ捨てあまりにも華奢な身体を晒しながら、ミキは自分の鞄の中から一冊のノートを取り出す。それ、うちのチームの練習記録だよな。
「あったり。えー、だって、多分チーム組んでから一回も休んでないと思うよ、メグ?」
 上半身裸のままノートのページを繰るミキに、俺は正直視線のやり場に困ってしまった。男子校であるにも関わらず先輩からの告白が絶えないほどの、そもそも女子にしか見えない超絶美人であるミキだ、いくら同性であると頭でわかっていても、大きな目、潤んだ唇、可愛い顔立ち、ハーフアップにされた肩下までの長い髪、細い身体――を目の前にすると、どうしてもそうなってしまうのだ。ていうかミキ、早く服着てくれ、服、服。
「おーいおいミキちゃぁん、悩ましい上半身でメグのこと気にしちゃうんですかぁ?」
 そんな繊細な俺の感覚とはまるで違う神経を持っているのか、早々にジャージに着替えたムツが大胆なことにもミキに背後から飛びついた。何というか、こういうのが男子校のノリなんだろうなぁ、と思う。やめろってばさ、と笑顔で言い返すミキとかーわいーい♪ と抱きつくムツを見て、友達同士の軽い戯れなんだと知りながらも、一人赤面してしまう俺だった。切腹。
「あれ、ユキ、何赤くなってんの? まあいいけど。で、メグだよメグ」
 恥ずかしいことに俺のことを指摘してから、ミキはムツを背中に引っ付けたままノートに視線を落とす。
「……本当、一回も休んでないよ? 入部して、俺が記録取り出してからは一回も休みなし! あって途中まで参加してからの早退だねー。それも全部、練習中の怪我でだよ。しかも、それだってたった二回……わははっ、明日は富士山が噴火するんじゃないかなっ」
 笑顔で言うことなのか、それは。メグに失礼だろうが、あいつを道を横切ろうとする黒猫みたいに言うな。
「俺は関東大震災が起こるのがいいな!」
 相変わらず背後からミキに抱きつきながら、ムツまでがそんなことを言う。俺が無言で睨むと、「んな怖い顔すんなよ、ユキ」とムツはミキから離れてため息混じりにひらひらと手を振った。
「ただの軽いジョークだってーの、ムキになるなって。……そんなに心配なのかよ、メグのこと? あ、何? ユキってもしかして俺様よかメグっちの方が好みだったりしちゃいます?」
 どうしてそうなる。ここは男子校だろうが、というか何故俺が男趣味だという前提なんだ。どっちみち好みっていうなら俺としてはムツやメグよりはミキみたいな可愛い子の方が……っておいおい。
「じゃなくてな……」
 俺は着替え終わって脱いだ制服を一通り片付けながら、どことなく部室内に視線を彷徨わせた。制服を突っ込んだエナメルの鞄をロッカーに詰めながら口から零れ落ちる息は、軽く吐息の体を成している。
 どうも、気になる。
 俺に部活を休む旨を伝えた時――
 メグは申し訳なさそうな表情を作る前に少し、困ったような、焦ったような顔をしなかったか?
 部活を休むのに申し訳なく思うのはいいとして、何故困り、焦るのか。
 そしてその後、手を後ろに回して「ごめん」って。
「――」
 手を、後ろに回して。
 まるで、俺の視界から隠すように。
「……なぁ、ムツ」
「あん?」
「今日のバスケ、お前とメグ、試合の時同じチームだったよな?」
「んー? そうだけど」
 ならば、もしかして。
「……あ、そういうこと? だもんなー、ムツは滅茶苦茶に乱暴なボール投げるからねぇ」
 俺の考えていることがわかったらしいミキが、うんうんと納得したように相槌を打つ。一方のムツは今一つわかっていないようで、はぁん? などと頭の上にクエスチョンマークを浮かべているだけだ。
「いいよ、ユキ」
 やがてそう言って、ミキが俺の肩をぽんと叩いた。振り返ると、男に生まれたことが間違いとしか思いようのない美人マネージャーは、俺の下半身を骨抜きにしかねない極上の笑みで微笑みかけてくる。
「今日くらい休んだって平気平気っ。俺とムツなら適当に練習してるからさ――メグのこと、追っかけていきなよっ」
「……いいのか?」
「もーっ、水臭いこというなよなっ。気になってるんだろ? 駄目とか言えないしっ」
 それから、ぷくっとむくれてみせる。むくれてもミキは可愛い。
「想い人を追っかけようなんていう人の恋路を邪魔するほど、俺達神経図太くないからさっ!」
「おい」
「ムツよかメグの方がいいんだろ? あははっ、ユキがんば☆」
 どうしてそうなるんだ……。
 所詮は軽い冗談であるそれに言い訳しても笑われるだけだと身をもって知っている俺は、ファイトだの応援するよだのとしつこいミキの笑顔の見送りを受けて、制服に着替え直し、十分近く前に帰ったメグを追いかけて学校を飛び出した。
 まさか、だよな。
 追いつくことをひたすらに願いつつ走る最寄駅までの道は、熱せられたアスファルトがまだ、空気をじわじわと暖めていた。

 * * *

 メグが帰ってからどんなに多く見積もってもまだ十五分は経っていない内に学校を出たのに、走っても走っても俺はメグに追いつけなかった。
「……っはぁっ……メグの奴、どんだけ急いで帰ったんだよ」
 駅前近くの大通りに出るまで続く住宅地の中を走りながら、息も切れ切れに文句を呟いた。学校最寄の駅までは少なくとも歩いて二十分はかかるはずだ。ともなればまだその辺りを歩いていても良さそうなもの、しかしメグの姿はどこにも見当たらない。
 入り組んだ住宅地。
 どこを歩いても基本的に大通りに出るから、必ずしも今俺が走っている、この道を歩いているとは限らない訳だけれど。
 ましてメグは人より若干気まぐれなところがある。
「……ったく……」
 メグの馬鹿。
 最後に一区画だけいつもの通学路を走った後立ち止まり、空を軽く仰ぎ誰も聞いていないだろう独り言を呟いてから、俺はその角を右に曲がった。
 この学校に通い始めて半年未満、いつもの通学路以外なんて一、二度くらいしか歩いたことはない。
 それで。

 見事に、道に迷った。

「…………」
 もう何回右に曲がったっけな。四角く碁盤状になっている住宅地なら、区画を計算しつつ右折を三回繰り返せば元の道に戻れるんじゃなかったのかよ。あとは、壁に右手をついて歩けば脱出できるとかさぁ。
「……何の迷路必勝法だ、馬鹿」
 いらついた口調になりながら、走る速度を落とし、ついにはとぼとぼとした足取りになってしまう。もう疲れた。週に一回、部活の外練習で学校を何周かしているとはいえ、決まったルートを何周もするのと通ったことのない道を当てもなく走り回るのとじゃ訳が違う。息は完璧に上がっているし、足もいい加減悲鳴を上げ始めていた。ついでに喉も渇いている。
 もう、やめようかなぁ。
 学校、戻ろうかなぁ。
 って言っても、道がわからないし。
「迷子の迷子の子猫ちゃん~、貴方のお家はどこですか~……」
 南林間でーす……。
 限界なのは息や足や喉だけではないようだった。歌ってどうする、俺。
 自分の阿呆さ加減に、俺が幸せどころか自分自身逃げ出したくなる重いため息をついた――その時。

「――                 ……」

 歌が、聞こえた。

 ような、気がした。

「……?」
 無論、俺が歌った犬のお巡りさんじゃない。当てもなくほとんど無意識で足を動かしていた俺は、立ち止まって辺りを見回した。人がいる気配すらない、ここが本当に東京都なのかと疑うような静かな住宅地だ。なのに……歌?
 俺は歌声のした方を振り返る。
「……」
 そこに、階段があった。
 俺が立っている小さな十字路の右の道、家が何軒か続いた先に広がっているのは、山と形容してもこの場合は問題ないような鬱蒼とした林で、そこに無駄にまっすぐな階段がどこともしれない高いところに向かって伸びている。人が二人すれ違うのがせいぜいの、お世辞にも幅の広くない階段だ。人もほとんど通らないのだろう、ところどころが苔むし端に乾いた落ち葉がたまっている石段の一段一段に、木々の間を通り抜けてきた午後の光がちらちらと細かい模様を作っていた。階段を目だけで上ると、木に隠れて見えなくなるまでのところだけでも数十段はありそうである。トンネルの如く覆い被さっている木々が、夕方近くの風に遊ばれてざわざわと気味のいい音を立てていた――
 無駄な情景描写を省いて完結に言うなら。
 そこは、まるで神隠しの世界の入り口みたいな場所だった。
「――       ……」
 その階段の先から、俺のことを誘うかのように、風に乗って途切れ途切れに歌は聞こえてきている。
「……」
 階段まで駆け寄った。近づいてみるとわかる少し急な階段はどこまでもまっすぐで、林が作る暗がりの先に最上段らしき小さな光が見えている。
「……上るか」
 俺は呟いて、階段の一段目に足をかけた。

 すぐに後悔する羽目になった。
「……百五十三、百五十四、百五十五……」
 上り始めた急階段は思っていたよりもずっと長く、どんなに上っても一向に頂上は近づいてこなかった。階段の一段一段が細かいのも原因の一つだろうが、どうやら階段が目指す先の見えるくらいまっすぐなことで、本来遠くであるゴールの光が案外近くに見えていたらしい。軽い気持ちで段数を数えていた俺だが、まさか百を超えるとは思いもしなかった。
「……何段あるんだ。暑い……」
 立ち止まると、階段を上る前には少し収まりかけていた汗が、また冗談みたいに噴き出してきていた。林の中特有の湿った空気が、ワイシャツの下で濡れている肌の不快感に拍車をかける。
 それでも、ここまで上ってきてしまった以上、引き返せない。
 俺は再び、階段を上り始めた。
「二百二十四、二百二十五、二百二十六……」
 着かない。
「三百八、三百九、三百十……」
 着かない。
「三百五十六、三百五十七、三百五十八……」
 まだ着かない。
「四百六十九、四百七十、四百七十……一、七十二」
 全然着かない。
 ああ、それはもういい加減にしてくれと思うまでに、階段はどこまでも続いていた。ところどころ休憩を挟みつつ、また携帯電話をこまめに取り出して時間を確認しつつ、俺は一段一段を数えながら上る。本当は二百段を過ぎた辺りから面倒くさくなっていたのだが、そこまで数えてしまった以上後に引けず、延々と数え続ける羽目になってしまった。
 が、歌はその間も途切れ途切れになりながら、まるで響く鐘の音のように――繰り返し、俺の耳に届いてくる。
「四百九十九、五百……っと、」
 そこまで数えたところで、目指す頂上がやっと目の前まで迫ってきた。残すところあと二十段ほど。俺は一度立ち止まって、またいつの間にか荒くなってしまった呼吸を整える。
 軽く吸って、ふぅ、と吐き出して。
「……行くか」
 五百一。五百二。五百三。
 歌が、だんだんと近づいてくる。
「……五百十九、五百二十、五百二十一!」
 週一のランニングよりよっぽど疲れる階段を上りきり、俺は最後の数字をやけに大きな声で宣言する。林による影は丁度頭上で終わって代わりに久々になる太陽の光が俺の目を刺し、辺りに遮るものがない開けたところ特有の風が俺の髪を揺らした。
 と、そう。上りきった先は意外なことにも、開けた場所だった。
 どこまでも草原としての下り坂が続いている眼下に住宅地の広がっているのが見える、視界を遮るものが数本の木と風しかないような、階段五百段分の高さの、嘘みたいに広い展望台。身体に迫ってくる風が凄くて、一瞬、体勢を立て直す。
「……ユキ」
 そして、そこで歌を歌っていたのは――

「どうして……?」

 見慣れた眼鏡とポニーテールの長身エセ優等生面。
 メグだった。


[前編 了]
[後編に続く]

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